インタビュー

食事の準備を心配しなくて済むような、気持ちの「お守り」を届けたい。

― 店主  川村 隆之 / Takayuki kawamura

食べて美味しかったよと喜んでもらえたことが料理人になったきっかけ

― 料理の道を志したきっかけは何だったのでしょうか?

小学校1年生のときに僕が作った料理に対し、兄妹が「美味しかったよ」と喜んでもらえた体験です。

自分は長男で妹と弟がいます。両親は共働きだったため、忙しそうな両親の姿を見ていて、『僕が料理を作ったら妹も弟も両親も喜んでくれるんじゃないかな?』と思ったことがきっかけとなり、台所に立ちました。

初めて作った料理を妹も弟も思いの外喜んでもらえたことは、料理人としての”今”に繋がるきっかけになっています。

有名な料亭やホテルで腕を磨いた料理人の時代

― 様々なところで料理人をされてきたと伺いましたが、どのような場所で料理されてきましたか?

一番最初に勤めたのは札幌のホテルです。洋食が希望だったのですが、たまたま洋食の採用枠がなかったので、和食に入ることになりました。1年か2年して洋食に移ろうと考えていたのですが、和食を勉強しはじめてその面白さにどんどん引き込まれ、気が付けば3年という月日が経っていました。『どうせ和食をやるならちゃんと勉強しよう!』と考え、東京や箱根、横浜で1食で5000円〜3万円程の価格帯で懐石料理を出すような料亭等数店舗に勤めました。

その後、北海道登別のホテルで料理長を2年努め、横浜で和洋創作料理のレストランでオープンを経験させてもらえました。

その後、恵比寿のカウンター形式のお寿司屋さんで裏方としておつまみを作ったり、箱根の温泉旅館に勤めた後、2019年8月に「惣菜かわむら」をオープン致しました。

コストを最小化して料亭の料理を安く家庭に届けたい

― なぜ町にでてお惣菜屋さんをはじめたのでしょうか?

独立しようと思った理由は、単純に美味しい料理をつくりたいという気持ちがありました。たくさんの調理場を見てきた中で『料理人の給料が低い』という疑問を常々感じていました。それまでの僕の認識では、勤めていたお店や会社が給料上げてくれないのが原因だと思っていたんです。

しかし、独立を視野に勉強をする中でその当時勤めていた職場のお金の仕組みを考えてみたら、『どうやら一概に給料をケチられてたわけでもなさそうだ。』ということを感じました。一日の自分の給料はざっくりこのぐらいだけど、一日で僕が生産したお金は幾らあるんだろうと。当然、そこには売れてない仕事も入ってるから全てを数値化することはできないのですが、そうやって考えたみた時、自分の仕事って意外と生産してないんだと思いました。それなら利益(付加価値)にこだわって仕事がしたいなと考えるようになったんです。

 

当時は朝早くから夜遅くまで仕事をしてました。その努力や思いを込めた料理がお客さんにどう伝わっているかを感じたいと考えていました。

対面でお客さんと向き合ってないので、実感しづらいっていうのもあったと思います。でも、『こんなに努力してるけどお客さんはそこまで僕の料理に対して感動していないかもしれないんじゃないか?』『お客さんが求めてる味付けはこれじゃないかもしれない』と考えるようになってからは、よりお客さんに喜んでもらうような料理を作りたいと、自分の中で独立へと向けた気持ちが芽生えていました。


料理屋さんで料理を出すその“ひと皿”には食材の原価も入っていれば、その料理人の技術料も入ってるし、料理を運ぶサービス料も入っています。もちろん建物の家賃や光熱費雑費諸々が乗っかっていて、その“ひと皿”の値段が決まっています。

そこで「美味しい料理を届ける」ということだけに特化して(例えばサービス料や土地代を抑えるために店を小さくするなど)、その分を【原材料】や【美味しいものを作るための時間】に費用をかけることができれば、価格を抑えて美味しいものがお客さんに提供できるんじゃないか、と考えました。

この考えを元に物件を探していた時、たまたまここ東向島の現店舗を見つけ、ご縁があってお店をオープンさせていただきました。

下町文化と料亭文化が残るまち、東向島

― 実際にこのまちにお店を開けてみて、気づきはありましたか?

地域の人たちがすごく温かいなって感じてます。僕は地縁もなく来たので昔からの下町の伝統や地域性を知らないんですけど、たくさんの町工場や昔ながらの風情ある下町文化みたいなものを最初に感じました。

また、有名な料亭がいっぱいあることもここに来てから知りました。昔から料理に対する地域性や伝統を大切にしてきた町なんですね。

日本各地の特産品を活かしたお惣菜の受託製造(OEM)

― 提供される食材をもとに商品開発も受けているとききました、どういった例がありますか?

一次産業の生産者さんの素材を使った、商品開発の委託業務を請け負っております。例えば、高知県の仁淀川の上流で無農薬キクラゲを作られてる方がいらっしゃるんです。ご縁があってご依頼を頂き、”キクラゲの金平”を作って納品させて頂いております。僕も知らなかったんですが、キクラゲって「食べる点滴」と言われるくらい栄養価が高いんですね。その割に市場に出回っているキクラゲの大半は、中国産などの輸入品なんですよ。そういった輸入のきくらげにはたくさんの農薬を使われているそうです。無農薬キクラゲを実際食べてみると、全然臭みがなくて歯ごたえがあって美味しいんです。


東向島の町の繋がりから、もう一つあります。この町では、”寺島なす”という江戸野菜が作られているんです。約90年ほど作る人が途絶えてしまっていた中、保存されていた種から復活させようという取り組みが行われていたんです。こちらもご縁があって活動されている方からお話をいただき、”寺島なす”を使った商品開発をやっております。2020年の8月、9月ぐらいに試作を色々やったんですが、一番人気があったのは味噌炒めでしたね。地元で作られてる生産者さんから卸していただいて、それを使って商品化しました。季節が来るたび、もっと喜んでもらえる料理を考えてみたいです。

丹精込めて育てた食材を、美味しい料理として加工して、より広く喜んで貰える為のお手伝いが出来ればと考えてOEMをはじめました。

地元しか出回らない美味しい特産品の生産者と消費者の「橋渡しとしての料理人」

― 惣菜かわむらを通して実現したい夢は何でしょうか?

日本全国の特産品を現地で加工する工場を作って、日本中に世界中に届けたいと考えてます。地元の人にしか知られてない/出回らない特産品はたくさんあると思うんです。そういった所に小さい工場を作ってレシピを提供し、産地で新鮮な食材をその場で加工して全国にお届けする、そんな流通システムを作れたら面白いなと思ったんです。地域の人が地域の特産品を使って、まだ知らない人たちに美味しいものを届けられたら素敵ですよね。

真空パックにすると賞味期限も長く安全ですし、昨今世間を騒がせている新型コロナウイルスの状況でも、ご心配なく召し上がっていただけると思います。本当に新鮮で美味しいものをより広く知ってもらうような仕組みが作れたら、と考えています。

サトイモの煮物をつくるのに2日かける

― 時間をかけてお惣菜をつくっていると聞きました。具体的なお話を聞かせてください。

例えば、茨城県産のサトイモで煮物を作る時は、自家製のかつお出汁を使って中まで美味しく出汁を含ませる工程を踏んでいます。そのためにサトイモを炊くのに2日かかるんですよね。1日目で皮を剥いた後、茹でこぼしを行います。その後柔らかく茹で上がったら、今度はお出汁で静かに煮始めます。ただ煮ていくだけだと中まで味が入らずスープだけが濃くなっちゃうんですが、それを防ぎ中まで上手に出汁を入れるためにある程度炊いたら鍋止めをします。火を止めて鍋が常温になるまで放置するんです。その出汁が常温になっていく過程で、芋に一番味が浸み込むんです。これを2日間の間に3回か4回ぐらい繰り返すので、味を入れるためにたくさんの時間と手間をかけています。

とてもご自宅でできる工程ではないのですが、そのように手間ひまかけて作ったお惣菜をご自宅で好きなときに食べられることに価値があると考えています。

惣菜かわむらのお惣菜を買うことで、料理の時間だけでなく、そういった料理への熱量を一緒に感じていただけたら嬉しいです。

日本料理の文化に「マネジメント」という概念を持ち込む

― そういうやり方を実現できてるのは、やはり真空パックのお陰なんでしょうか?

そうなんです。真空パックが本当に革命的なんです。真空パックは業務をいかに効率化するかを考えていたときに思いつきました。今までホテルや旅館で働いていた時は、業務の量や工程が多くて長時間働いてました。問題なのは量より種類の数なんです。何種類ものメニューをこなさなきゃいけないために、常に時間に追われてました。それにも関わらず、売り上げや付加価値はそこまで高くなく、これが給料の低い原因なんじゃないかなっていうのをずっと考えていました。忙しい日常の業務を何とか少しでも削って効率化しようと思ったときに、真空パックを利用することを思いついたんです。当時から積極的に真空パックを使っていました。

真空パックを使わないと一週間に同じメニューを2回か3回作らなきゃいけないのですが、僕の場合はその時間が惜しいのでまとめて作ってひと月に1回か2回しか同じ仕事をしないっという仕組みを作って時間を捻出していました。

日本料理は日本の代表的な文化です。伝統的な文化だからこそ、古来大切に継承されてきました。一方で時代の変化や、機械や技術の発達により今後更に効率的な料理の発展は加速すると思います。例えば日本料理という文化(風習かな?)に、封建制度や徒弟制度みたいな部分が未だに色濃くあります。先輩の言うことは絶対だし、料理長が言ったことは白でも黒だしといったことは本当に日常茶飯事で、効率化と縁遠い世界です。そんな中、真空パックを使って効率化をしていた当時の僕は多分同僚から見れば異端に見えたと思います。

「お守り」としてのお惣菜

― お客さんに惣菜かわむらを通して、どんな体験を届けたいですか?

自宅で気軽に美味しいお惣菜が食べれる体験を届けたいです。お惣菜はスーパーに買いに行くとたくさんの種類がありますが、賞味期限は1日~2日です。その点、真空パックされたお惣菜は、7日~30日は賞味期限の心配がありません。

僕が作ったお惣菜が、召し上がっていただけるお客さんにとっての気持ちの「お守り」になれたら嬉しいなと思います。

川村 隆之 / Takayuki Kawamura

【経歴】

1996年4月  札幌ホテルモントレー 和食 入社

2001年4月  東京ガス 青山クラブ 入社

2006年7月  目黒雅叙園 和食 入社

2011年10月  箱根/桜庵 入社

2012年4月  野口観光/登別 望楼 入社 料理長

2014年10月  横浜/ニューヨークスタイルレストラン ガブリエル オープン 料理長

2015年10月  代官山/鮨処 はしり

2016年10月  箱根/和奏林 入社

2019年8月  東向島/惣菜かわむら 出店

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